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1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分。人類史上最初の原子爆弾が炸裂したのは、広島県産業奨励館から南東約160メートル、高度約580メートルのところです。爆風の圧力は1平方メートルあたり35トン、風速は440メートルという凄まじいもので、建物は爆風と熱線を浴びて大破し、天井から火を吹いて全焼。爆風がほとんど垂直に働いたため、本館の中心部は奇跡的に倒壊を免れたものの、館内にいた人はすべて即死しています。ドーム鉄骨部分がむき出しの残骸と化し、いつからともなく市民の間で「原爆ドーム」と呼ばれるようになりました。1953年(昭和28年)に広島県から広島市に管理が移管され、1966年(昭和41年)には広島市議会が原爆ドームの保存を決議。その後、風化が進み、国内外での善意の募金により2回の大規模な保存工事が行われました。また、世界遺産リストへの登録を求めて、市や市議会、広範な市民運動の結果、1995年(平成7年)6月に国の史跡に指定され、文化庁からユネスコに登録申請。1996年(平成8年)12月、世界文化遺産へ登録されました。現在では、被爆当時の惨状を残す姿がノーモア・ヒロシマの象徴として、時代を越えて核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ訴えるシンボルになっています。




主な記念碑
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| 原爆の子の像 | 鈴木三重吉文学碑 | 動員学徒慰霊碑 | 平和の時計塔 |
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| 原爆供養塔 | 平和の鐘 | 花時計 | 韓国人原爆犠牲者慰霊碑 |
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| 原爆犠牲者国民学校 教師と子どもの碑 |
平和の像「若葉」 | 祈りの泉 | 嵐の中の母子像 |
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| 佐藤春夫の詩碑 | 慈母の像 | 原爆死没者慰霊碑 (広島平和都市記念碑) |